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東京高等裁判所 昭和38年(く)56号 決定

少年 A(昭一九・一一・五生)

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

本件抗告の理由は、法定代理人小○公○及び附添人荒井尚男共同作成の抗告申立書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

抗告の理由第一点について。

しかしながら原審裁判所の審判調書によると、裁判官は本件保護事件につき保護者たる右法定代理人を呼び出しその出頭の下に審判を開始し、先ず本件につき少年の陳述を聞き、次いで保護者の意見を述べさせたところ、保護者はこの子の父親として特に述べたい意見はありませんとの旨陳述したこと、更に少年の陳述を聞いた上約十分間休憩したこと、休憩後は少年の父に代り兄恭○が出頭したので、同人出頭の下に原決定を言い渡したことが認められる。右認定によれば保護者は本件保護事件につき意見を陳述する機会を与えられて、その意見も陳述しているのであるから、原裁判所が保護者に対し少年の処遇等所論の事項につき意見を開陳する機会を与えなかつたといつて非難することは、その理由がないといわなければならない。また審判調書の右記載によれば、保護者は自らの意思に基き審判の言渡に出席しなかつたものと認める外ないのであるから、(原審裁判所が所論の如く故らに審判の言渡に保護者を出席させなかつたものとは記録上認められない。)原審裁判所が保護者の欠席のまま審判の言渡をなしたことを以つて、所論の少年審判規則第二五条第二項、第三五条に違反するものとも認められない。これを要するに原審裁判所の審判の手続には何等所論の如き法令の違反は存しないといわなければならない。

抗告の理由第二点について。

しかしながら本件保護事件記録に徴すれば、原決定記載の非行事実五、及び六、の事実は優にこれを認めることができるのであつて、所論に徴し記録を精査検討しても原決定には所論の点において重大なる事実の誤認は存在しない(少年も昭和三八年五月七日検察官に対し、自分は男三人女一人の花見客に対し、面白半分にたくあん等を投げつけたりしたが、その後午後八時二〇分頃になり帰宅するため、その人達の附近まで行つた処、その内の一人の男が何か言つたので癪にさわり原決定の如く暴行に及んだ旨並びに、警察では最初先方が運転手の安○に物を投げ怪我をさしたので、相手を殴つたように申したがこれは嘘である、自分は安○がどういう訳で怪我をしたか判らなかつたが、自分が最初相手を殴るとき安○が未だ怪我をしていなかつたことは間違いないと述べている位である。)所論は採用に値しない。

抗告の理由第三点について。

しかしながら本件保護事件記録並びに少年調査記録に徴すれば、少年は窃盗等の事犯により有明少年院に収容せられ、昭和三七年一月二〇日頃仮退院したものであるが、その後も素行修まらず窃盗、暴行等の非行を繰り返えし、遂に本件の各非行に及んだものであるから、少年の犯罪的傾向は甚しく進んでいるものと認めざるを得ない。しかも少年の性格は原決定も摘示するとおりであつて、少年に対する家庭の保護能力も殆ど期待することを得ず(記録に徴すれば原決定の非行事実五、及び六の当時、少年の父小○公○は少年が飲酒するを放任していたのみならず、少年が他の花見客に対し暴行を始めたのを認めながら、これを制止することもせず、却つてこれを煽つた形跡すら窺われる)その他記録に現われた諸般の事実を彼此考量すると、少年を更めて一定期間特別少年院に収容して環境を調整し、その性格を矯正する措置を講ずるを以つて適切妥当な方策と認めざるを得ない。然らばこれと同旨に出でた原決定は洵に相当であつて、所論の如く不当な処分とは考えられない。

よつて本件抗告はその理由がないので、少年法第三三条第一項に則りこれを棄却すべきものとし、主文の如く決定する。

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 東亮明 判事 井波七郎)

参考二

抗告申立書

少年 A

右少年に係る新潟家庭裁判所長岡支部昭和三八年(少)第一一六・二一六・二二三号詐欺、暴行、傷害保護事件につき昭和三八年五月二三日同裁判所で右少年を特別少年院に送致する旨の決定があつたが、少年の父小○公○は右決定に対し不服であるので抗告を申立てます。

昭和三八年六月五日

抗告人 少年の父小○公○

右附添人弁護士 荒井尚男

東京高等裁判所御中

抗告の趣旨

原決定を取消し更に相当の御裁判を求める。

抗告の理由

第一点 原審の保護処分決定には、決定に影響を及ぼす法令の違反があるから取消を免れないものと思料する。少年Aは昭和三八年五月二三日新潟家庭裁判所長岡支部で特別少年院に送致する旨の決定を受けたが、該決定は同日の審判期日に保護者である小○公○を立会わせずにきめたものであるから少年審判規則第二五条第二項、同規則第三五条の規定に違反した違法がある。

少年Aは中等少年院(有明高原寮)を退院後家業である砂利採取業を手伝い、自動車運転助手として真面目に働いていたものであつて本年四月二六日の長岡市○○における花見の際におこつた事件までは何等問題はおこらなかつたのである。それで父公○としては裁判官より意見を求められた際犯罪事実についての意見を聴かれたと思い特に述べたいことはありません旨述べたところ、退廷しておるようにいわれたので退廷したが、休憩後再び開廷されたときは裁判官に少年が最近は自覚をし、家業に懸命に励んでいる事実を愬え帰宅を許していただくよう保護者として意見を述べるべく待機していたのである。

しかるに父公○が休憩中尿意を催したので便所にいつていたところ、別の部屋で(休憩前は階上の部屋、休憩後は階下の部屋)兄恭○を立会わして特別少年院送致の決定を言渡されたため、結局保護者公○としては、少年の処遇及び家庭環境要保護性全般につき、何等意見を述べることができなかつたのである。そして少年法にいわゆる保護者とは同法第二条に規定するとおり、親権者たる父母等をいうのであつて父母が親権を行使している場合兄は保護者ではないことはいうまでもない。

それ故父公○としては、何としても終始法廷に立会い保護者として、責任のある意見を開陳したかつたのである。しかるに原決定は結局保護者を立会わしめないで言渡をしたものであつてこれは少年審判規則第二五条第二項の趣旨に違反する。そして右の規定は単に保護者を、形式的に呼び出せば足りるものではなく、呼び出した上で審判に立会わしめ、右規則第三五条第一項に規定する如く保護者に対し、保護処分の趣旨を懇切に説明しこれを充分に理解させなければならないのである。しかるに原決定は前述の如き経過により、保護者を立会わせず且つ保護者に意見を十分に述べさせず且つ保護処分の趣旨を説明し充分に理解させることなく言渡された決定であるから右各規定に違反し違法であるから取消を免れないものと信ずる。

第二点 原審の保護処分決定には、重大な事実誤認があるから取消を免れない。少年が逮捕され身柄を拘束されたのは、原決定非行事実五、六の事実であるから(他の一、二、三、四の非行事実はいずれも在宅のまま立件され記録が送付されている)右事実の成否如何が本件保護処分決定に重要な影響を及ぼすものである。

原審の認定においては右五の事実は少年が隣席にいた名○敏に対し因縁をつけ暴行した如く判示されているが、これは事実に反する。むしろ原審審判廷における少年の供述、安○登○の司法警察員に対する供述調書、少年の司法警察員に対する供述調書によれば、少年が父兄及び父の経営する会社の従業員安○等と桜を楽しみ快く酒をくみかわしていたところ隣の花見客の一人である名○敏が何の理由もないのに茶飲み茶碗を安○に投げつける等の乱暴をはたらき、それが安○の左の側頭部に当つて血が吹き出たので、少年がこれに憤激し、その急迫な侵害を防ぐため安○と共に名○の顔面を殴打したものであつて、その原因をなしたのは明らかに名○の暴行であつて少年が先に因縁をつけたものではない。又判示六の事実は五の事実と時間的に連続している一連の事実であつてその原因をたどれば右名○の暴力に起因するものである。しかも右五、六の事実については、少年は記憶がない旨供述しているのであるからその動幾原因につき更に詳細に審理すべきものなのにこれを看過して一方的に少年にのみ非ある如く認定した原決定は重大な事実誤認がある。

第三点 原決定はその処分著しく不当であるから取消を免れない。

抗告理由第二点で詳述したとおり判示五、六の事実において少年は身柄を拘束されたものであるから右五、六の事実についての動幾態様を具体的に検討することを要する。(一ないし四の事実は、在宅事件である)そして右五、六の事実は、前述のとおり相手方に非があり、いわば、正当防衛に属する行為であり且つ何人たりとも観桜会の席上茶碗を投げつけられるような理不尽な所為をされては少年の如き所為に及ぶことを期待し難いのである。

従つて判示五、六の事実により少年の犯罪的傾向が著しく昂進していると断ずることはできず右事実により特別少年院において強制的に隔離することは処分著しく不当である。そして保護者である父公○のみるところによれば、少年は本年に入つてからは素行も大いにあらたまり父の経営する中○砕○販売有限会社において自動車運転助手として真面目に稼働して、勤労意欲も出てきており漸く前途に光明を見出しつつある状態にあつたのである。又保護者の事業も目下安定しており父及び兄と共に働いているので日常生活、仕事を通じて十分補導をなし得る環境にあり保護者も日夜少年の指導に心を砕いているので環境面も改善され十分保護を託するに足りるのである。

又少年の性格は、鑑別結果通知書によれば意志欠如性、即行性等において偏倚が認められないわけではないが、これとて少年の現在の職業を通じて矯正し社会適応性を付与することの方が徒らに施設に収容し隔離して矯正教育を施すより遙かに少年の資質向上に有効適切な方法であると確信するものである。以上本件非行の態様、少年の性格、家庭環境等を綜合すれば試験観察処分等により適切なプロベーションをし、在宅のまま少年の更生をはかることが肝要であるに拘らず、ことここにいでず徒らに犯罪的傾向が著しく昂進したものとして少年を特別少年院に送致した原決定はその処分著しく重きに失し、不当であるから取消を免れない。

立証方法。附添人は当審において右各三点の主張を小○公○(保護者少年の父)、小○恭○(少年の兄)、安○登○を証人として申請することにより立証する。

是非とも事実の取調をされ原決定を取消し適切妥当な御裁判を仰ぎ度く抗告に及んだ次第である。

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